前作『Traveler』以来、約1年10ヶ月ぶりとなるメジャー2ndアルバム『Editorial』。本作には2020年の皮切りとなった「I LOVE...」以降、「HELLO」、「Laughter」、「Universe」から直近の「Cry Baby」まで多彩なシングル曲に加え、ドラムの松浦匡希が初めて藤原聡と共作した「フィラメント」や、小笹大輔、楢﨑誠の作詞作曲楽曲も収録。J-POPのクオリティを更新するバンドという前作以降のイメージから、よりバンド自身の経験が反映された深度も振れ幅もあるアルバムに到達した印象。“論説”の意味もある本作の全曲解説をお届けしよう。
――『Traveler』は「これから出ていくぞ」っていうバンドの未来を賭けてる印象があったんですが、今回はもっとバンドを長く続けていく上での一枚という印象を受けました。
藤原:あ、それはでもすごい大事だったかなと思って。例えば紅白歌合戦に出させて頂いたとか、武道館でワンマンライブができたとか、ヒット曲って言われるものを作れたとか、バンドとしてサクセスストーリーみたいなものを一通り経験させてもらったので、もちろんすごく嬉しかったんだけど、その先に何ができるのか?みたいなときに、音楽を社会的にどれだけ認められるかとかっていう話ではなくって、どれだけ自分たち自身がまず満足できるものが作れるのかっていうところを大事にしないといけない、それをやらないとすごく不健全っていうか、育ちにくくなってしまうっていうのが一番嫌だなみたいなことをよく話してたから。このアルバムを通して、4人でより長くクリエイティヴに活動を続けていくために大事なものは何か、チームで見つけ出すことに成功したかなというような感覚があります。
――アルバムのタイトルチューン「Editorial」で、まさに今話して頂いたようなことを歌詞にしてらっしゃるなと思いました。
藤原:この曲の歌詞が一番最後にできて。集まった曲たちを最後、リボンを結ぶような気持ちで作りました。みんなが作ってくれた曲や紡いだ言葉も入ってるから、自分たちがどういう風にやってきたんだっけ、っていうことを改めて思いました。あとはうまくいかんことが嬉しいっていう考えはすごく大事なんじゃないかなっていうのを歌詞に綴りましたね。一筋縄じゃないいろんなルートを辿って、っていう時間が非常に自分たちの人生にとって輝かしいものだということを言葉にできたかなと思っております。
――声とデジタルクワイアの重ねのみというのも新鮮で。
藤原:個人的には新しい扉だったように思ってまして、それを開けたっていうことをこの曲が象徴してくれてるなと思ってて。声とデジタルクワイアだけの曲が存在するっていうことも、自分たちが美しいと思えばやっていいわけだし。そこが一個象徴になってる部分はある。
――2曲目の「アポトーシス」。生命システムの成長に必要な細胞死というような意味ですね。
藤原:歌いたいことが定まったのはちょうど2020年の自分の誕生日でしたね。あと1年で30ってことで、僕に残された20代の時間はほんとにわずかなんですけど、そこに思いをはせた時に浮かんだ、自分の中で持っている不安だったり、憂いだったりっていうものがあって、今までそういうものを曲にしちゃいけないと思ってたけど、すごくこれを綴って残しておきたいなという風に思ったっていうのがきっかけで、この曲を作りましたね。
――イメージとしてはお母さんが娘に語りかけてるような印象がありました。
藤原:あ、でもすごくそういうようなことだと思います。もちろん対象をあまり限定しないようにはしたいんだけども、例えば普通に自分より歳の上の家族でもいいし、下の家族でもいいし、いろんな存在に対して思うことなんじゃないかなと思って。まぁ普通にこのバンドっていう、この形をとってもそうだなと思うし。いつまで続けられるのかとかも正直わからないんですけども、続けられるうちは慈しみながらやるっていうことが大事なんだろうなっていうことしかできないというか。半分諦めに近いけど、そこに実は希望もあるっていう。
――エレクトロニックな聴感ですけど、楽器の使い方で聴きどころはありますか?
小笹:たぶん、ストリングスとか使ったら映える曲だとは思うんですよ。イメージがつくというか。それをただ荘厳とかいう方向に行くんじゃなくて、力強さみたいなのもあった方がいいと思って、ストリングスがやりそうなフレーズをツインリードでハモって弾いてるんですけど、意外と針の穴を通すようなとこを行かないといけなくて。それってギターだけでできる話じゃなくて、他の楽器が何やってるか密接に関わってくるんです。ほんと、普通じゃ満足できない体になってしまったんですね(笑)。
――(笑)。最近の音楽で静かでメロウでエレクトロニックなものとか、近いニュアンスで何があっただろう?と思ったんですけど、似たものがなかったですね。
小笹:似たものないところに行きたいみたいなのはちょっと思ったかもしれない。あと、2Aでは最初のイントロのボイスサンプリングをギターに置き換えて、まぁ大好きでよくやるんですけど、楽器の置き換え。それはヒゲダンぽさもありつつ、でもなんか聴いたことない響きになったかなと思ってますね。
――そして2020年の始まりになった「I LOVE...」。
藤原:割とこの曲がヒゲダンが、真っ直ぐ着地するアレンジで満足できない体になったそもそもの元凶というか。でも美しさとパワフルさと、繊細さとみたいなものを兼ね備えている楽曲だと思うし、改めていい曲を作れたんだなっていうことは感じられますね。
――そして今回はいよいよ松浦さんと藤原さんのコライト楽曲が登場しました。どういう作り方を?
松浦:これは最初、まず一人で作るっていうので、サンプリング音源をループして、そのコードの中でずーっと歌のメロディを考えてたんですけど、「これ限界があるな」と思って(笑)、さとっちゃんに相談したんです。そしたら「こういうメロディの展開があった方がいいんじゃないか」っていうのが、どんどん出てきて。で、メロディが変わると持ってくる言葉も変わってくるじゃないですか。だったらもう作詞作曲、共作にした方が面白いんじゃないかっていう風になっていって、共作で仕上げて行きました。
――そして「HELLO」はロックバンド然とした曲だったんだなと思いましたね。
藤原:あの時、回帰したい思いが、今思えば結構あったかな。アリーナで鳴らしたい音みたいな。結成して3~4年目ぐらいの東京に行くか行かんかみたいな話ぐらいの時から割とこの曲はもっと広いところでどかーんとやりたいね、みたいな話をしてたんですよ。こないだ有観客ライブでやっとアリーナで鳴らすことができて、あの時夢見たものは間違ってなかったんだなと思ったし。こうしてアリーナで音出せるってことの喜びをより感じさせてくれた楽曲です。
――すごいいい流れで、次の曲が「Cry Baby」だという。
藤原:ここまできて、何バンド?っていう。
――音源のことじゃないんですけど、皆さんにお伺いしたいのが、ライブの時に何の音を聴いて演奏してるんですか?
藤原:ははははは!確かに何聴いてる?
松浦:どうなんだろうな?でもバンドは聴いてますよ。俺、ドラムなんで、全然、リズム系ばっかり聴いちゃってるかもしれない。
楢﨑:慣れちゃえば、プレイする時にいろんなものを気にしなきゃっていうか、普通にリズムやグルーヴになってくるだろうし。誰かの音聴いとかなきゃ弾けないってことは多分ないと思います。
藤原:なんならこの曲がセオリーから外れた編曲だったり展開をしているってことを言われてるとしたら、あんまり附に落ちなくなってきましたね。弾き語りの「Cry Baby」は「はぁ?何を?」みたいになると思うんですけど、僕は言い出しっぺなんで、何が気持ち悪いのかさっぱり分からなくて、ただただカッコいいなと思って持っていったので。でも形になってまたさらにカッコよくなってよかったなと思って。
楢﨑:レコーディングして「なるほど~」と思った(笑)。もともと、デモの状態があって、そっから何回か改変されてたりとか、違うバージョンになってったりとかしてて。サビ中で転調しない「Cry Baby」も知ってて。で、聡が間違えて歌って、「あれ?」みたいな、「あり?」ってなって(笑)。「それはあり?」ってなったのをデモにして、聴いて、「やー、分からんな」「どうなんかなぁ?」とか言いよって。でもだんだん「もうこれ転調しないやつに戻すと、なんか無理かも」みたいな。一回、転調したやつ聴いちゃうと、ツルッとした方のサビはもう無理かも、みたいな。ある種の洗脳というか(笑)。
藤原:聞き捨てならんなぁ。
小笹:ちょっとずつさ、こじ開けられて行ったみたいな感じするよね。俺らの許容量も。
藤原:この曲に関してはリスナーがどう思ったのかっていうことを珍しく、ちょっとアンテナ張っていろいろ聞いてたんですけど。人間の音楽の好みってのはほんと様々なんだなってことを知りましたね。それは逆にクセになったって言ってくれる人もいれば、ちょっとあの曲は聴きづらいなって、言ってる方もいらっしゃって。でも、なんていうか、やりたくなってしまったらやらないと、応援してくださってるファンのみんなにも失礼っていうか。なんの正義やなんの信念があってそれやるんだっていう話で。だからこの楽曲をグン!てリリースしたっていうのも、一つこの期間に『Editorial』を通して学んだことだったから。
――次は「Shower」ですけど、ヒゲダンのアルバムには毎回愛おしいラブソングが入ってますね。
藤原:ま、必ず入れたいというより、すごくいい曲ができたかなと思いまして、じゃあ入れましょうと。詞先で作ったの久しぶりだと思っております。リアルに自分の日々を見つめなおした時に自然に言葉になっていったっていう感じで。ま、ちょっとコロナ禍になって、ゲームしたりとかお菓子食べたりとか、おうちでね、過ごせる時間が増えたっていうことがまた、この曲に書かれてるようなことを見つめ直すきっかけになったかなと思ってますね。
――そしてこれは間違いなく楢﨑さんだと思った「みどりの雨避け」。
楢﨑:一番最初は結構「つらいなぁ」みたいな感じの曲だったんですよ。でもちょっとそういうの違うかなと思ってきて。僕、行ったことのない街でスッと入って飲んでみるとか、そういうの大好きだったんで。最近やりづらくなってるけど、まぁみんな好きっしょ、っていう感覚ですかね。
――故郷みたいな感じもありつつ、頼むお酒がボウモアなので行きつけのバーなのかなとも思いながら。
楢﨑:“行きつけバー”的なこと考えながら、多分、行きつけになってるイコールそのなんか、故郷みたいなものと似てて、もう第二の自分の場所になっちゃってるじゃないですか。そういう感覚はあるんだと思うんですよね。だから多分Dメロで自分の昔の少年の頃を思い出してるのも、時代時代の故郷感みたいなのも入ってるのかもしれないですね。
――続いては「パラボラ」で、いい流れですね。
楢﨑:「Shower」からの3曲は街っぽい感じで、「パラボラ」も街っぽい感じというか、部屋、みたいな。“住んでる三銃士”(笑)。
藤原:ならちゃんが言ってるように、街みたいなものを内包するバンドなのがすごく気に入ってますね。ま、でもこの曲の持ってる清涼感みたいなものはアルバムの中でスッキリする感じ。コハダ的なね、お寿司の。
――アルバムの中ではターンって感じですね。次に一番イライラしてる状態をコミカルに落とし込んでいる「ペンディング・マシーン」がきますけど(笑)。
藤原:あーの、思ってますね、こういうことを(笑)。こう、2019年に『Traveler』あたりですごくなんていうか、邪気のない人たち、みたいな捉え方されてた部分があって。それはそう思ってても別にいいんですよ。でも、「こういうことやっちゃいけない」みたいなのが増えていくのはすごくもったいないなと思って。自分たちが思わず誰かのためとか、保身のためにやるのをやめようと思っていた部分がもしかしたらあったんじゃないかなっていうところがあって。
――率直に出していいんじゃないか?と。
藤原:そのうちの一つではあるのかなと思うんですけど、ま、単純にコロナになってからどんどん人と会うようりも、人の発する文字ばっか見るようになってきて。すごいヤだったんですよね。相手のこととか知りもしない人がいろんなこと言ってたりとか、あとはその、同じものを好きな人同士なのにそれの何を知ってるとか、何を持ってるとか、そんなんで、好きとかの思いの優劣を競い合ったり、ってことをしてるのってなんなんだろうな、と思って。
でも結局、こんなご時世の中こんなこと書いてると、さも「僕たちはそういう幻影に惑わされずに健全に生きてますよ」感に聞こえるかもしれないけど、全然そんなことはなく、ガッツリとこの時代の被害者になっているわけでして。でも、だからこそ、一旦逃げることが大事というのも味わったとこなんで。でも、もっと思いやれよって、人に向かってそんなに言えるような立場の人間でもないし、ただ、僕は疲れたと。疲れたんで、ちょっとここらへんでお暇させてもらいます、そういう曲になっております。
――〈はい。〉のエフェクトボイスとか最高です。
藤原:怒ったり疲れ果ててますけど、それをコミカルにやるのがすごく楽しかったです。でも躊躇はしてましたね、「これ、思い切って書いちゃったけど、ええかな?」みたいな。それを辛抱強くメンバーやチームのみんなが背中押してくれて、無事リリースとなりましたけど。
――エレクトロニックなファンクだけど、らしさもあって。
藤原:やりたかったこととしてはコードを変えすぎないっていうバランスが欲しくて。最近ヒゲダンで「Tell Me Baby」みたいにループさしていくっていうものをやってなかったんで、そういう曲の楽しさを久しぶりに。
――そして二度目の小笹さんの作詞作曲曲「Bedroom Talk」。いつも外からの風を連れてきますね。
小笹:試せる機会があればなんでも外からの風を試したいと思ってるフシがあるんで。mabanuaさんと有賀さんというお二人をお招きして、超助かりましたね(笑)。まずギターはアレンジとディレクションをやっていただいて。ドラムやベースとか鍵盤とかも一回、mabanuaさんに揉んでもらってて、グルーヴを自分の手札にないものからやりたいなという思いがあったので、レイドバック感とか。
――ネオソウルとかヒップホップが軸にある方だと思うので、この曲もいい温度になってますね。
小笹:そうですね。それがやりたかった。自分の頭で想像することも大事ですけど、いろんな人に会ってみる、一緒にやってみるって、すごい楽しいことだなと思いましたね。
――そしてアルバムの中で聴くと「Laughter」の存在がでかいなぁ!と思いましたね。
藤原:結構この曲はおっきな曲っていうところですよね。まぁ、この曲作れたのは本当に僕、人生の中で宝だなって思ってます。他の曲ももちろん全部そうなんだけど、なんかすごく自分の歩んできた人生を自分で肯定、しっかりできたかなと。で、それが誰か、聴き手にとってもそうだったりすることがあるっていうことが奇跡だなと思ってて、ほんとに嬉しいですね。これはこのアルバムにとっても意味のあるというか、基本理念になったかなと思います。
――「Laughter」で号泣するんですよ(笑)。で、「Universe」で踊り始められる。そういう曲順だなと。
藤原:「Laughter」から「Universe」も理念としてはつながってるのかなとは思ってて。自分の気持ちって、そんなにモニターしやすくないんで、自分がどうしたいかっていうことを知るのにも意外に月日がかかったりするんですけど、その迷いをある種肯定できればなと。そういうものは「Universe」には含まれてるかなと思います。音作りの観点から言っても4人でスタジオに入る時間は一番長かったかなと思ってて。ピアノをこの曲に合わせて買いに行ったり、ホーンセクションも普段使ってる楽器じゃない楽器を持ってきてもらってやったりとか、いろんなトライができた1曲だったかなっていうのはあります。あと、アンサンブルがめっちゃ細かい。
楢﨑:めっちゃ絡みまくってるっていう。バンドキター!って感じのテンション感もあるし。自信満々だったし、良かったなと思う。
藤原:自分たちが自信満々ならいいっていう。もちろん統計で見たらどう、ヒットが云々っていうのはありますけど、聴いてくれてる人の心に深い深度でこの曲が寄り添えてる瞬間がやっぱりあるっていうことが何より大事なことだと思うし。
楢﨑:知らないおじさんから「ジョー・ダード好きでしょ」って言われた瞬間あったもん。
藤原:嬉しいね。なんかこの曲がいちばん、ミュージシャン仲間、先輩とかもそうですけど、「めちゃめちゃいい」って言ってもらえてすごく嬉しかったし、我々の音楽愛みたいなものがメッセージというよりは楽器のプレイとして、めっちゃ強く混り合ってるから。
――確かに。そしてラストの「Lost In My Room」。これはなかなか途方に暮れたまま終わりますねぇ。
藤原:途方に暮れてますねぇ。普段はめちゃくちゃ細かく直すんですけど、結構、自分のリアルをしっかり書くってことを大事にしたんです。このアルバム通して、特にアルバム曲に関しては全部、自分の実体験で価値観でありみたいなものなんですけど、その中でもかなり色濃く出てますよね。
――でも、それも自然なことなんですよね。
藤原:でも、いい制作でした。すごく。これから先続けていくために大事な鍵を4人でつかむことができたような気がしていて。それが何よりの財産だなと思っていますね。
ライター:石角友香